ひとめを気にするのはやめた

在宅で会社員グラフィックデザイナーをしています。 私と、フリーダムな韓国人の夫、またしてもフリーダムで頑固者の息子(3歳)の3人+フリーダムすぎる猫1匹で暮らしております。 私もフリーダムになりたい。

正月なのに切迫流産で入院する羽目になった話 私の出産体験記パート3

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パート2の続きです。

破水するまでの話はこちら⬇︎

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救急車で病院に運ばれるまでの話はこちら⬇︎

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衝撃の事実

 

担架に乗せられている時の景色は、壁だけだった。

 

とりあえず病院らしき所に運び込まれているのは分かったが、どこをどうやって移動しているのかも分からないし、病院の大きさも全体像も何もかもサッパリ分からなかった。

とにかくいろんな所を通って、すごいスピードで通りすぎてゆく壁だけが視界の全てだった。

 

ようやく目的の場所に着いたらしく、私は担架から降ろされた。

救急隊の人と先生らしき人が何か話している。

 

救急隊の人にお礼を言い、去っていくと、急にさっきまでの慌ただしさと喧騒が無くなり、ものすごく静かな空間になった。

さっきの病院と同じく、私たちがいる所以外の電気は消えていて、薄暗い。

 

着いた所は産婦人科の診察室のようで、おなじみの股を広げて座る診察台があった。

「じゃあちょっと見せてくださいねー」

と穏やかな声で先生が言うので、私は診察台に上がった。

 

ひととおり診察が終わり、診察の結果を聞く為に、私と夫は椅子に座り、先生が向かい合って座った。

 

この時、私はかなり緊張していた。

 

この先生の言う事に、私と赤ちゃんの運命が懸かっている!

 

大丈夫だって言え~大丈夫だって言え~

と呪いのような呪文を頭の中で唱えていると、先生は話し始めた。

 

羊水はまだ80%は残っている状態です。35週なので、まだできる限り赤ちゃんはお腹の中にいてもらった方がいいでしょう。

これから入院して、安静に過ごして37週まで持ちこたえる事を目標にしましょう。」

 

 

………え!!??

 

 

あんだけ羊水出まくってたのに、まだ80%も残ってたのか!!

 

もうそこに一番驚いた。

私の感覚では、もう半分以上出ていて、赤ちゃんは相当苦しくてかなりヤバイ状況だと思っていたのだ。

 

それを聞いた私は、心底ホッとした。

今日1日で不安とホッとする事の連続だったが、その中でも一番ホッとした瞬間だった。

 

そして、かかりつけの病院の先生が「これからお産だ」とか言うもんだから、もうこれから産むのか…と覚悟していた私は、今日出産しないと聞いて拍子抜けしてしまった。

 

どうやら破水した箇所は子宮の上の方だったらしく、安静にしていれば持ちこたえられるだろうとの事だった。

 

しかし先生が

「破水している状態ですので、何があるかわかりません。

緊急時に輸血が必要になったりするので、こちらにサインしてください。」

と言って、何やら緊急時の時の対応の承諾書みたいなものを出して色々説明してくれた。

説明してくれた内容はもう全然覚えていないのだが、なんだか怖いことばかり言っていたような気がする。

 

「なんだか怖い事ばかり言っちゃいましたが、万が一の事ですので」

と穏やかな笑顔で言ってくれたのだが、私はその笑顔がものすごく胡散臭く思えた。

今思うと、新年明けたばっかりの元旦に、こんなに丁寧に対応してくれて感謝しか無い。

この時の私は「ひぐらしのなく頃に」の圭一なみに疑心暗鬼になっていたのだと思う。

 

入院する事になった私

 

とりあえずその書類にサインをし、私は病室に車椅子で運ばれた。

 

急に入院になったので、病室が空いていなかったらしく、私はとりあえず個室に案内された。

入院用の服に着替え、ベッドに横になり、張り止め用の点滴の針を腕に刺され、点滴のセッティングをして貰った。

 

ここからの入院は、切迫流産の人と同じ感じでの入院となる。

しかも私は既に破水しているので、普通の切迫流産の人よりも危険度が高いという事で、ナースステーションに一番近く、一番危険度が高い切迫の人が入院している部屋に移動になるらしい。

 

その時に看護師さんに色々説明を受けたのだが、切迫流産の入院というものは、結構大変だなと思った。

まとめると

 

●張り止めの点滴を24時間ずっとしていなければならない

●張り止めの点滴は副作用があり、動悸や息切れ、手足の痺れ、吐き気やだるさ等が出る

●できる限り動かない。ずっと横になっていなければならない。お見舞いの人が来ても、起き上がって座る事もなるべく避け、ひたすら横になって動かないよう努める。

●私は破水しているので、大きめの生理用ナプキンのようなものをつけ、トイレで交換する度にそのナプキンを看護師さんに渡す。(ナプキンの重さで出た羊水の量を計るため。)

●トイレに行ったら、清浄綿という、ひとつひとつ小分けにされている清潔なお手拭きみたいなものできちんと拭く。(破水しているので、細菌に感染するおそれがあるのでなるべく清潔を保つ)

●2日に1回髪の毛を洗ってもらえる(看護師さんがやってくれる)

●風呂に入れないので、濡れタオルで全身を拭くのみ

感染症のおそれがあるので、毎日血液検査をする

●もし感染症の危険があったらすぐに赤ちゃんを産んだほうが良い

●しかしできる限り37週まで持ちこたえるのがベスト

 

という感じだ。

一度に色々説明されたので私は

「はい、はい、わかりました」

と、大して分かっていないのに言っていた。

 

気にしていなかった夫の苦労

 

色々世話をしてくれた看護師さんが去ってゆき、個室の中は私と夫2人だけになった。

私はいろんな事がありすぎて頭が追いつかず、今まで夫がどこでどうしていたのか、全然分からない。

とりあえず救急車で手を握ってくれた事と、説明の時に隣に座っていた事は覚えているんだけど…。

 

私はここでやっと夫の存在を認識したのだ。

 

夫は心配そうに「大丈夫?」などと言っていた。

そして「今日産まれたら元旦生まれだったね。もし今日産まれたら名前変えようかと思ってたよ。」

と言った。

 

私たちは事前に名前をだいたい決めていた。

確かに、元旦生まれだったらなんかもっとおめでたい系の名前のほうがいいかもしれない。

私の恐怖と不安をよそに結構のんきな感じの夫を見て、それまでの緊張が一気に解けたように思う。

 

その後夫は一度帰り、入院に必要なものを持ってきてくれる事になった。

思えば入院準備なんて全くしていない。

1月にゆっくり準備しようと思っていたので、赤ちゃんの準備も全くしていなかった。

 

そして、その時は全く気にしていなかったのだが、私が運ばれた病院は大きな大学病院で、家から結構遠い場所にあった。

しかも夫は車を置いて救急車に乗ってきてしまったので、知らない場所から電車で帰る羽目になったのだ。

後で私が自分自身の検診で1人で病院を訪れた際、電車に乗って家から病院まで行ったのだが、結構遠い上に、うちの周りも結構田舎だけどそれを更に上回る田舎で、電車は2両しか無いし、最寄駅はストーブと座布団が置いてある、かなり古風な木造の駅舎だった。

夫は何も言わなかったが、電車の本数も少ないし、かなり大変な思いをしたのだと思う。

 

世の中は正月だった

 

夫が病室を出てしばらくすると、朝ごはんが運ばれてきた。

そう、いつの間にか朝になっていたのだ。

運んできてくれた看護師さんは

「今日はお正月メニューですよー」

と言っていた。

 

そうか、正月だった。

世の中はおめでたいムードでいっぱいなのだ。

 

そう思うとこの病室が、完全に世の中とは隔離されているように感じた。

 

そしてその「お正月メニュー」とやらも、若干正月っぽさはあるが、完全なる「病院食」という感じで食欲をそそられなかったし、

その時の私の肉体的、精神的状況もかなり疲れきっており、全く食べる気になれなかった。

若干夫に緩和されたものの、ひぐらしの圭一的な思想になっていた私は、

「この状態で食べられる訳ないじゃん、この看護師さん、私の状況分かっていないのかな。いや、分かっていて持ってきたのか。それが仕事だもんな、しょうがない。」

などと思っていた。

完全に心が荒んだ状態だった。

 

 

パート4に続きます!!(長くてすみません…!)

 

 

 つづきはこちら⬇︎

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