ひとめを気にするのはやめた

在宅で会社員グラフィックデザイナーをしています。 私と、フリーダムな韓国人の夫、またしてもフリーダムで頑固者の息子(3歳)の3人+フリーダムすぎる猫1匹で暮らしております。 私もフリーダムになりたい。

破水した状態での切迫入院が大変すぎた 私の出産体験記パート4

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パート3の続きです。

破水するまでの話はこちら⬇︎

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救急車で病院に運ばれるまでの話はこちら⬇︎

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 切迫流産で入院する事になるまでの話はこちら⬇︎

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病室を移動した私

 

その後、ベッドが空いたようで、私はナースステーションに一番近い切迫流産の人が入院している病室に移る事になった。

 

その病室は6人部屋で、1人1人のベッドが完全にカーテンで仕切られていたので、どんな人が入院しているのか顔は見る事が出来なかったのだが、なんというかすごく入院に慣れている感じがする人たちだった。

 

いわば「切迫流産のベテラン先輩」という感じだ。

 

切迫流産の入院は、結構長期的になる事が多い。

人によっては何ヶ月も安静に入院していなければならなかったりするので、もう日々の検査などは小慣れたものなのだと思う。

 

24時間ずっとしていなければならない点滴の機械が突然

「ピーピーピー」

と鳴り出しても全く慌てず、ナースコールを押し、

「またこれ鳴ってますー」

などと言っていた。

 

さすが先輩…!

こなれ感が半端ない…!!

 

私は新入社員のような気持ちで、隅っこに用意されたベッドに横になった。

 

ここであと2週間も過ごすのか…。

 

しかしさっきまでの個室とは違い、同じ境遇の人がこんなにもいる。

なんだかそれだけで心強いような、ちょっと安心するような、不思議な気持ちになった。

 

私が入院するこの部屋は、ちょっと危険度の高い切迫流産の人が入院しているのだが、隣の部屋、そのまた隣の部屋にも切迫流産の人たちが入院しているようだった。

隣の部屋はここよりも、だいぶ人数の多い大部屋になっているようだ。

 

切迫流産の入院生活

 

やっと腰を落ち着けられる場所に移動し、ここから私の切迫流産入院生活が始まった。

 

しかしこれが結構辛い。

 

まず、点滴の副作用。

私の場合は動悸が激しくなり、体が熱いような感じで、手が震えたりしていた。

まあそこまで酷いわけでもなかったので、これはなんとか我慢できるくらいではあった。

 

私が一番辛かったのは、動けない事。

 

点滴の針がずっと腕に刺さっていて、そこから管が繋がっているので、自由に寝返りもできない状態になる。

しかも私は破水していたので、ちょっと寝返りするだけで羊水が漏れているのが分かった。

 

トイレに行く時だけは、しかたがないので動く事を許可されていたのだが、ちょっと動いて立って歩いたりすると、羊水が結構出てしまう。

 

トイレはすぐ隣で、かなり近い場所にあるのだが、トイレに行く度に

「漏れるな~漏れるな~」

と思いながら若干内股で恐る恐る歩いていた。

 

そして毎日の血液検査。

片方の腕には点滴、もう片方の腕には血液検査のための注射の跡。

これをずっと続けたら、私の腕はどうなってしまうんだろうと思った。

もう既に入院生活が長い人の腕は、針を刺した跡でいっぱいだろう。

みんなまだ見ぬ我が子の為に頑張っているのだ。

 

 

そして極めつけは食事だ。

最近の産婦人科は、結構豪華な料理が出たりするみたいなのだが、私の入院していた大学病院は、もう完全な「病院食」という感じだった。

私は結構なんでもおいしく食べるほうなのだが、あんなに硬くて冷たい目玉焼きを食べたのは生まれて初めてだった。

 

しかしそんな食事でも、唯一の楽しみになってしまう。

むしろ食事以外の楽しみが特に無いのだ。

 

私の入院していた部屋ではあまり患者同士の交流は無かったのだが、隣の部屋ではわりと患者同士が話をして仲良くなったりしていたようで、ある日、トイレで3人くらいがたむろして話をしていた。

 

特に聞くつもりは無かったのだが、

「パン3枚は無いよね~!」

「そうそう!謎のパン3枚!!!」

という声が聞こえてきて、私も心の中で

「そうそうそう!!!パン3枚とか謎すぎる!!!」

と思ってしまった。(そこで話しかけられないチキンな私…)

やはりみんな思っている事は同じだったのだ。

 

その頃の私は、病院食というものは栄養素重視で計算されているんだなと身を持って実感していた。

美味しさとかは二の次なのだ。

だから謎に、焼いてない食パンが3枚出てきたりもする。

 

通常の状態なら大体出されたものは残さないタイプの私も、焼いていない食パン3枚は食べられなかった。

食パンをトースターで焼いて、焼きたてのうちに食べられるという事が、ものすごく幸せな事だったんだな…。

ああ、焼いた食パンが食べたい…。

とか思っていた。

 

 

そしてシャンプー

シャンプーは2日に1回行われるようで、看護師さんがやってくれる。

私もシャンプーをしてもらった。

 

看護師さんに車椅子に乗るように促され、そのままシャンプーをする場所へ。

美容室のシャンプー台のようなものがあり、美容室と同じような体制でシャンプーをして貰った。

看護師さんも、まさか自分が美容師のようにシャンプーまでするとは最初は思っていなかっただろう。

私は看護師さんに髪の毛を洗ってもらう事になるなんて、思ってもいなかった。

看護師さんって、本当に大変な職業だなぁ…。

 

しかし、やはり看護師さんであって美容師さんではない。

私を担当してくれた看護師さんのシャンプーはかなり荒っぽく、ゴシゴシやっていたので、首が結構痛かった。

でもこの人は髪の毛を洗う事が仕事なわけではない。

やって貰っているだけ有難い状態なのだ。

一応看護師さんは「大丈夫ですかー?」などと聞いてくれたが、私は

「大丈夫です!!」

と元気に言った。

 

ドライヤーをする洗面台には椅子があり、椅子に座って自分で髪は乾かせた。

しかし、乾かし終わったらボタンを押し看護師さんを呼びつけ、車椅子で部屋まで連れて行って貰う。

 

本当に看護師さんがいないと何もできない状態なのだ。

 

情けなくなったり、看護師さんに申し訳なくなったりもするのだが、普段自分でするのが当たり前の事を人にやってもらうというのも、たまになら悪くないな、という気持ちもちょっとだけしていた。

 

面会時間

 

1月1日の夕方頃、夫が産褥用のパンツなどを買ってきてくれたり、必要なものを持ってきてくれた。

 

そして暇だろうからと、ノートパソコンと「仮面ライダー555」のDVDを持ってきてくれた。

ベッドにはテレビがついており、お金を払えばテレビを見る事ができるのだが、特に見たいテレビも無かったので、ものすごく有難かった。

こういう所はすごくよく気がきく夫である。

パソコンを使っても良いか看護師さんに聞いたら、大丈夫との事だったので、私はずっとイヤホンで「仮面ライダー555」を見ていた。

 

夫はもうずっと病院に寝泊りして私と一緒にいるつもりだったようなのだが、病院の規律はきちんと決まっている。

当たり前だが、面会時間内でしか病室には入れない。

 

夫はしょんぼりしながら帰っていった。

 

面会時間になると、同じ病室に入院している人の家族がお見舞いに来る。

中には上の子と一緒に来るお父さんなんかもいて、本当に大変だな…と思った。

普段はカーテンで仕切られていて、看護師さんとの話しか聞こえてこないが、家族が来るとその人の環境や人柄がよくわかったりして面白い。

ほんとにみんな、それぞれの家庭で、それぞれの状況で大変な思いをしているのだ。

 

先生からの急な宣告

 

翌日の1月2日の朝、血液検査の後に先生が来た。

 

カーテンの隙間から、おちゃめにひょこっと顔を出して

 

「ちょっと血液検査の炎症反応が右肩上がりだから、感染症が心配なので、もう産んじゃいましょう!」

 

と、結構とんでもない事を軽いノリで言い出した。

 

 

え!!??

 

もう産むんですか!?

 

確かに、感染症の危険があったらすぐ産んだ方がいいとは言われていたが、こんなに早いとは…。

ちゃんとトイレ行った時、綺麗に拭いてたんだけどなぁ…。

 

とりあえず私は「わかりました」と言った。

先生の判断に従うより他に道は無い。

 

「じゃあ点滴は外しましょう。これで自然に陣痛が来ればそのまま出産します。陣痛が来ないようなら、促進剤を使うなり考えましょう。」

 

そう言い放ち、先生は去って行った。

 

看護師さんは私の張り止めの点滴を外し、陣痛がきたら教えるように私に言った。

張り止めの点滴は、子宮が収縮するのを抑える薬だ。

すなわち陣痛を抑える薬でもある。

なので点滴を外せば、破水をしている私は陣痛がくる筈なのだ。

 

私はまたもや突然の事に頭が追いつかず

これから産むのか…

とそればかり思っていた。

 

とりあえず夫に連絡しなければ!

と思い、夫にラインで

 

「血液検査で炎症反応が右肩上がりだから、感染症が心配だからもう産んだほうがいいんだって。

点滴外して、陣痛きたらそのまま出産になるみたい。」

 

と送った。

そうしたら

 

「そうなんだ、分かった。

右肩って〇〇(私の名前)の右肩?」

 

と返信が来た。

 

 

………。

 

 

え!?

 

 

私の右肩!?

 

 

私の右肩が上がってるから出産すんの!?

 

 

静かな病室の中、私は思わず吹き出してしまった。

 

一応フォローしておくが、夫は韓国人である。

「右肩上がり」という意味を知らなかったのだ。

 

私の右肩が上がっている状態って、夫はどんな想像をしているのだろう。

 

私の右肩と出産に、一体どんな関係があるというのだ。

 

私はラインで丁寧に「右肩上がり」の説明をした。

 

しかし、そんな夫のおかげか、さっきの不安はいつの間にか消えていた。

 

 

 

つづく!!(次回はやっと出産です!!)

 

 

 

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