ひとめを気にするのはやめた

在宅で会社員グラフィックデザイナーをしています。 私と、フリーダムな韓国人の夫、またしてもフリーダムで頑固者の息子(3歳)の3人+フリーダムすぎる猫1匹で暮らしております。 私もフリーダムになりたい。

陣痛の痛みは下痢とは比べものにならないものだと知った 私の出産体験記パート5

f:id:kokeki:20181217121547j:plain

パート4の続きです。

破水するまでの話はこちら⬇︎

www.kokeki.world

救急車で病院に運ばれるまでの話はこちら⬇︎

www.kokeki.world

 切迫流産で入院する事になるまでの話はこちら⬇︎

www.kokeki.world

破水した状態での切迫入院中の話はこちら⬇︎

www.kokeki.world

 

 

 

 

ちょっとした開放感に浸っていた私

 

その日の昼間に夫がお見舞いに来たが、その時は全く陣痛が来る気配もせず、穏やかに過ごした。

 

私はもうその頃には「これから産むんだ」と覚悟を決めていた。

 

そして何よりも、点滴を外した開放感がすさまじかった。

 

寝ている時にも管の位置を常に気にし、トイレに移動するたびに点滴と一緒に歩かなければならない。

これが結構苦痛だった。

点滴を外した今、もう煩わしい管を気にしなくても良いのだ。

 

しかも、このちょっと寝返りするだけで羊水が漏れ、その事をずっと気にしながら過ごさなければいけない生活をもうしなくても良いんだと思うと、もう早く産んでしまいたかった。

 

結果的に、切迫流産の入院は二日間くらいしかしなかった事になる。

 

前回から「切迫流産の入院は大変だ大変だ」などと言ってはいたが、結局その大変さは、実際の半分も味わっていないのだろう。

切迫流産で入院する場合、私のように破水してはいないとは思うので、羊水が漏れることに気を使わなくていいとしても、動いてはいけないのは同じだ。

そんな状態で何ヶ月も過ごすのは本当に辛い。

 

陣痛…?

 

夕飯も食べ終わり、消灯時間になったので、今日はもう何もなく終わりそうかな…と思っていた。

 

しかし…、消灯してしばらくすると、なんだかお腹が痛いような気がしてきた。

 

いや?別に痛くないか…。

 

あ、やっぱり痛いかも。

 

痛みは徐々に確信的になり、「これは陣痛なのかな?」と思うようになってきた。

 

試しにスマホでちょっと痛くなる時間を記録してみた。

しばらく記録してみないと分からないと思い、10回くらい記録していたのだが、その間に結構痛くなってきていた。

 

記録を見ると、大体3分間隔くらいで痛みがきている事が分かった。

 

あれ?

 

確か最初は10分間隔くらいが普通じゃなかったっけ…?

 

とりあえず看護師さんを呼ぼう。

これはまさしく陣痛に違いない。

 

私はナースコールを押し、

「陣痛がきたっぽいんですが…」

と言ったらすぐに看護師さんが来てくれた。

 

そして車椅子で別の部屋に移動し、分娩監視装置という、赤ちゃんの心拍数や子宮の収縮具合を見るベルトをお腹に設置して様子を見た。

やはり3分間隔くらいで陣痛が起こっているようだ。

看護師さんが

「結構痛いですか?」

と聞いてきたので

「結構痛いです」

と答えた。

 

そう、この頃には結構痛くなっていたのだ。

しかし、まだ会話ができる程度の痛さではある。

戦いはまだまだこれからなのだ。

 

分娩室に移動

 

陣痛が来たということで、もうあの入院していた部屋は出ることになり、一旦荷物を整理して別の部屋に持って行くことになった。

その際、

「旦那さんの立ち合いは希望されますか?」

と聞かれたので

「はい」

と答えた。

 

看護師さんは

 

「赤ちゃんがまだ小さい状態なので、お産が早く進む可能性があります。今のうちに連絡して来てもらっておいたほうがいいかもしれません」

 

と言うので、私は夫に電話をした。

 

夫は

「え!?今から!?」

とかなり驚いていたのだが、すぐにこちらに向かってくれるようだった。

 

私は分娩台の隣にある、陣痛を耐える為のベッドに移動した。

 

ベッドにはおもむろに抱き枕が転がっていた。

 

これでみんな陣痛を耐えているのか…。

なんだかその抱き枕が、陣痛の大変さを物語っているようで、少し怖くなった。

私はなんだか安心したくて、入院中使っていたバスタオルを相棒にする事にした。

 

もう夜遅いので廊下は暗く、この分娩室だけに明かりがついていた。

なんか私、いっつも夜中だな…。

 

さきほどの看護師さんと交代で、助産師さんがついていてくれる事になった。

私は相変わらず3分間隔で陣痛が来ており、助産師さんにマッサージされながらなんとか耐えていた。

 

でも、この時はまだ大丈夫だったのだ。

助産師さんにも

「痛みの逃がし方うまいですねー」

などと言われていた。

 

いや、この時も結構痛かったのは痛かった。

 

高熱を出した上に何日間も便秘で便が硬くなって蓄積された挙句、下痢になってものすごくお腹が痛いのに固まった便のせいで全然出なくて、冷や汗をかきながらトイレで神頼みしている時くらいは痛かった。

 

それか胃腸炎で延々と腹痛と下痢が続いている時くらいは痛かった。

 

その腹痛に加えて腰や背中も、ものすごく痛い。

 

でもまだ痛い時でもなんとか助産師さんと会話できたし、陣痛がおきていない時の3分間は普通に過ごせていた。

 

そうこうしているうちに夫が到着した。

まだ夫と笑顔で会話ができるくらいではあった。

 

夫が到着すると、助産師さんはたまに席をはずし、夫と2人になる事があった。

今まで助産師さんが、肛門に手をグリグリやったりしてマッサージしてくれていたのだが、助産師さんがいない時は夫にやってもらっていた。

 

しかし、この夫のマッサージが本当に下手だったのである。

 

いや、助産師さんと比べるのは可哀想だし、夫も初めてやったんだからそりゃ当たり前なのだが、痛みに耐えている私は、もうその痛みを和らげることが最優先事項だった。

本当は

「違う!そこじゃない!もっと下だよ!」

などと指示できればよかったのだが、もう私はその頃にはそんな言葉を発する事もできなくなっており

 

「ううーううー」

 

とうめき声をあげる事しかできなかった。

 

そんな状態で、3分ごとに陣痛が来て、休憩の3分間は飲み物を飲んだり、すぐ横にあるトイレに行ったりして、数時間やりすごしていた。

 

徐々にひどくなる痛み

 

私もだんだん疲弊してきていた。

 

そして痛みは、徐々に徐々にひどくなっていく。

 

もう下痢どころの騒ぎじゃない。

今まで経験したどんな痛みよりも痛かったので、もう例えようがないほどの痛みになっていた。

 

痛みがきたら私はベッドの横の柱を力一杯つかみ、

「ううう~ううう~ううう~」

とゾンビのようなうめき声をあげていた。

 

よく、陣痛の時に

「痛いーーー!痛いーーー!!!」

とか

「ふざけんなーーー!ちくしょう!!!」

とか言ってしまった、などという体験談を読んだりしていたのだが、

そういう人はほんとにすごいなと思った。

 

私はもう、声を出すこともできなかったのだ。

 

そして、痛みが強くなればなる程、無言でもいられない。

うめき声が出てしまうのだ。

 

更に、何かを力一杯つかむことで、なんとか耐えている状態だった。

 

こんな経験は生まれて初めてだった。

 

その頃にはもう陣痛は1分間隔くらいにはなっていたのだと思う。

 

疲弊しきっていた私は、地獄の陣痛が終わって次の陣痛が始まるまでの1分かそこらの間、夢を見ていた。

 

どんな夢かは覚えていないが、陣痛が終わった瞬間寝てしまうのだ。

 

夢を見ている間は、自分の今の状況を忘れられた。

ただ気持ち良く夢を見ていて、そして痛みで起きる。

 

この、痛みで起きた時の気分が私の人生史上最悪の気分だった。

 

「ああ…、私は地獄の真っ只中にいたんだ…」

と思い出すあの瞬間。

 

そしてまた地獄の痛みがやってくる。

 

夢を見て起きる瞬間の気分が史上最悪の気分だったので、私は極力、陣痛の合間は飲み物を飲んだりして寝ないようにつとめた。

 

痛みの間はもう、息をするだけで精一杯だった。

 

この時はもう赤ちゃんの事なんて考えていなかった。

ただただ痛みから逃れたい、その一心だった。

 

よく「赤ちゃんの為なら頑張れる」

などと言うが、私は頑張れなかった。

自分の痛みのことしか考えられなかった。

 

この痛みから逃れる為には「赤ちゃんを産む」という選択支しかなかったからなんとかなったものの、

もし、この時に逃げ道があったら、私は迷わず逃げていただろう。

 

逃げたかった、本当に逃げたかった。

 

もう痛いのは嫌だ。誰か早くなんとかしてくれ。

もう死ぬ…死ぬ…このままでは私は死んでしまう…。

 

私の人間味は失われて行き、呼吸をしているだけでかろうじて生きているただの生物と化していた。

 

昔の人が出産で死亡することがあったというのも頷ける。

これはもう、死を連想させるほどの痛みだ。

 

もし私がこれから出産以外でこれほどの痛みを感じることがあったなら、それは限りなく「死」に近い状態だと思う。

 

こんな事に世の中のお母さん方が耐えていたなんて、本当に信じられない。

 

そして更に地獄だったのが、陣痛の最中にある「触診」だった。

 

子宮口がどのくらい開いているのか、どんな状態なのかを確認するために、陣痛最中に仰向けにされ、手を股に突っ込まれるのだ。

 

その時の私は、陣痛の最中に仰向けにされることが拷問のように思えた。

 

本当の地獄の始まり

 

その時は自分の状況が全く分からなかったのだが、どうやら子宮口はまだあまり開いていないのに、赤ちゃんは下がってきてしまっているらしかった。

 

助産師さんが先生を呼んだらしく、先生が来て

「確かに痛がり方が激しいね」

などと言っていた。

 

助産師さんに「最後にトイレに行ってきてください」

と言われ、私は、

トイレなんて行きたくないわ!

と思ったのだが、この状況で言うからには何か理由があるのかもしれない。

とりあえず指示に従い、陣痛の合間にトイレに行った。

しかし、トイレに入っている最中にまた陣痛がおこり、私はトイレ内で崩れ落ち、うめき声をあげていた。

夫がトイレの壁をドンドンしながら

「大丈夫!?大丈夫!?」

などと言っていたように思う。

 

私はなんとかトイレで陣痛をやりすごし、フラフラになりながらベッドに戻った。

 

そこからの痛みは更に激しくなり、視界が狭くなって、目の前のベッドの棒しか見えなくなっていた。

 

そしていつの間にか、わらわらと先生や看護師さんが10人くらい来ていて、私は酸素マスクをされていた。

 

「旦那さんはちょっと出ていてください」

 

と言われ、夫は廊下に出されていた。

 

 

なんかヤバイ。

 

 

それだけは分かった。

 

 

バート6に続きます!!

 

 

⬇︎インスタグラムはじめました

https://www.instagram.com/kokeki103/

 

ブログ村応援よろしくお願いします!︎
にほんブログ村 子育てブログへ
にほんブログ村